今年の1月に、野兎病(Tularemia)に感染した患者が千葉県と福島県で発生しました。国内で9年ぶりの発生だったようですが、感染による死者は(幸いなことに)出ていないようです。
この野兎病のように、世間であまり知られていない感染症が、ここ1年余り、国内で発生しています。1年前には、気腫疽症が、千葉県内で発生し、この時は、感染した患者(1名)が死亡しています。
今回、このコラムで取り上げた野兎病も、気腫疽症と同様に、動物の感染症の一つですが、いずれも、50代以上の高齢者(男性)に感染し、発症しています。
このような動物由来の感染症は、普通の若い健康な人の場合、感染しても、適切な治療を受ければ、重い症状にもならず、殆どの人が治癒しています。しかし、体の抵抗力(免疫力)が衰えている高齢者は、診断が遅れると、病状が早く進行し、重い病気を併発して、死亡する場合があり、注意する必要があります。
そこで、野兎病について、その感染予防対策を含めて、以下に簡単ながら記述します。
野兎病は、Francisella tularensisという細菌(以下「野兎病菌」と略記する。)によって引き起こされる感染症(急性熱性疾患)です。日本では、野ウサギとの接触で感染する人が多いことから、野兎病(やとびょう)と名づけられています。東北や関東の地域で、野兎病の患者の発生が比較的多く認められています。
人への感染は、通常、1)野や山の中で野兎病菌を持った虫(マダニやアブなど)に咬まれたり、刺される、2)野兎病菌を保菌した動物(主に野生のウサギ、稀にリス、ネズミなどの齧歯類)や、その死体に接触するなどの感染経路が主に考えられます。
上記、千葉県や福島県で感染した患者も、野兎病菌を保菌した野ウサギの皮を剥いだり、肉を調理している時に、菌を含んだ血液や内臓(臓器)に直接触れて感染したものと思われます。
野兎病菌は、グラム陰性の小さい短桿菌(0.2〜0.3×0.7μm)です。僅かな菌(10〜50個)で、人の口や鼻、目などの粘膜や、皮膚に付着して感染しますが、上記虫等による刺咬や、菌を吸い込んで感染するケースもあるようです。通常、人の粘膜や皮膚表面(傷口部など)から感染し、菌が体内に入って、大体、2日から10日前後の潜伏期を経て(突然)発症し、発熱(38〜40℃)や悪寒、頭痛、鼻かぜ、咽頭炎、全身の痛みなどの症状が現れます。初期の症状として、野兎病特有の特徴がないため、動物由来感染症に精通した専門医の診断を受けないと、他の病気に誤診されるケースがしばしばあるようです。
野兎病は、上記症状を呈しながら、菌が侵入した部位で潰瘍を形成したり、リンパ節で炎症を起こします。この段階までに適切な治療(抗生物質など抗菌薬の投与)が行われないと、さらに症状が進行して菌が体内に広がり、肺炎や敗血症などを起こして生命を落とすおそれもあります。
このように、野兎病は感染力が強く、感染(発症)後、放置しておくと、上記重症の病気を起こしやすく、死者も出ることから、生物兵器として菌が使用される可能性が心配されている、恐い感染症です。感染症法では、野兎病を四類感染症に定め、患者を見つけた医師は、保健所への届け出が義務づけられています。
野兎病菌は、土や泥、水、動物の死体などの中で、何週間も生存が可能ですが、熱に弱く、50℃、10分程度の加熱で簡単に死滅します。また、消毒用アルコールや塩素系殺菌剤(次亜塩素酸ナトリウムなど)も有効とされています。
この野兎病に感染しないため、
野兎病が発生している(あるいは発生するおそれがある)地域に存在する福祉介護施設では、施設の周辺で多種多様な野生動物が生息している可能性があります。また、放牧動物や家禽類、ペット類も目に付きます。上記野兎病や気腫疽症以外の動物由来感染症(猫ひっかき病や、パスツレラ症、ノミ症、疥癬症、回虫症、皮膚糸状菌症、サルモネラ症、日本脳炎など)に、人が(いつ)感染してもおかしくない状況になっています。
それだけに、食中毒や呼吸器系疾患(かぜ、インフルエンザ、肺炎など)だけでなく、以上に記した野兎病などの動物由来感染症の発生にも、一応注意しておく必要があります。上記4つの衛生対策に加え、日常の健康管理や衛生慣行、環境衛生に十分留意し、施設を入所(利用)している高齢者が野兎病などの動物由来感染症に罹患しないよう、その感染予防に努めて下さい。
(2008.4.1)